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■相談
七十八歳の義母に痴呆が始まりました。私もその状態に少しずつなれてきて、話をきいてはうんうんとうなずくようにしています。しかし、時々、ムカッとします。自分のこの心を抑えるため、また、自分が快適に時を過ごすには、「許す」という心をもっともっとパワーアップしたいのです。少しずつ悪くなっていく義母に対して、自分の心をどうもてばいいのか考えています。 友人は多く、悩みをきいてくれる同じ立場の人もいます。 でもこの先 、少しでもみんなが幸せを感じる生き方をするために、ムカッとくる心はどうなおせばいいのでしょうか。
守口市 主婦(57)
■回答 まずはあなたのムカッとくる心はふつうのことです。それが義母さんならばなおのこと、だって遺伝子の共有のない他人だもの。実母さんならもう少しましかもね。 それにしても痴呆症というのは哀しい病気です。自分の知性が壊れていくのをヒシヒシ感じるから。今まで出来たことが出来なくなって、周囲からは非難されるけど、自分ではどうしようもないんです。これは辛い・・ 若いうちは見苦しくならないうちにすっと消えてしまいたい、なんて思うのですが、そうは問屋がおろしません。若く美しいうちに死ねる人なんてざらにはいません。大抵は老醜をさらしてしまいます。義母さんの姿は未来のあなたの姿でもあるのです。これは人ごとではありませんぞ。ぼくも考えておかなくちゃ・・ そうですね、ここはひとつ忌み嫌われる痴呆を違う視点から見てみませんか? 最近の生物学、心理学のトレンドに「マキャベリ的知性」というのがあります。人間の知性というのは他人を出し抜き、騙し、欺くこと、そしてそれに対抗することのイタチゴッコの中で進化したというものです。そう言えば人間関係のなかには何と多くの欺瞞がはびこっていることでしょう。我々はそのただ中で翻弄されてきたようなものです。でね、年を重ねると自分もどんどんマキャベリみたいに権謀術数に長けるようになり、海せん山せんになってきてしまいます。そう、マキャベリ的知性で溢れてしまいます。そして、もっと年を取ると「おお嫌だ、もういいかな」って思うんです。疲れちゃうのかな。それが痴呆なのかもしれませんよ。つまり痴呆は一種の解脱かもなんていうと、あちこちから怒られるかな・・でも赤瀬川さんの「老人力」(筑摩書房)も同じ路線かも。
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